えいが

道はたやすく河になる

会社が終わる時間、外はちょうど豪雨の真っ只中。
普段は気にならないアスファルトの凹凸が水溜まりという形をとってあらわになる。

大学まで苦手だったヒールつきパンプスで毎日何かしらの不都合を足に感じながら過ごしているのだけれど、
(内勤ですが、会社の前後に30分以上歩くので。散歩だったり買い物だったりで二駅くらいなら電車を使わず歩く。)
こんな雨の日は、つくづく、ストッキングとパンプスという全く実用的でない組み合わせに嫌気がさす。小学生の時みたいに、雨の日は長靴でいいじゃない。

体裁だけ整えて、ごっこ遊びの中に自分を閉じこめてるのかな。確かに求められたタスクをこなしているのだけれど、わたしは会社にいる間、なんとか戦隊みたいなものに成り切っている気分。誰も救わないし華やかなアクションも無い、素性の解らない何か。


さて、会社の建物から一歩出て、途端に湿り気を帯びたスカートと靴を感じて、危うく雨の勢いに負けそうになったけれど、今日は木曜日レディースデイ。
上映時間ぎりぎりに、映画館へ駆け込む。暗くなった館内をふらふら歩いて座席へ、パンプスの中で雨がにじみ出す。


今日観たのは、サガン-悲しみよ こんにちは。
映画が終わった後、涙が出る手前の気分、体が水分過多でけだるい。into the wildを観た時みたいだ。

個と共有体・家族
衣食住というシンプルな日常を超えて表現行為をせざるを得ないひと
という私が一番ひっかかる構造がつまっていた。


ちょうど、梨木さんの『からくりからくさ』を読み返していたから…、ひとが、少なくとも私が、何かしらの自分が所属することのできる物語を欲求しつつも反駁してしまうのは何故だろう?と考える。
ぐるぐる。



映画で描かれたものうち、どこまでが実在した"キキ"の生涯をなぞったものなのかは分からない。

お金の計算や喧嘩ごとが嫌いで、華やかで気まぐれな交遊関係をつむぎ、友人達に依存しながらも自分の死は自分だけの事件だったと言い切る彼女。

わたしが、『悲しみよ こんにちは』で安易に連想してしまう「アンニュイ」という都合のよい言葉でイメージしていた フランソワーズ・サガンという女性の奥行きがぐん、と増した。

それから
演じている女優さんの所作が濃やかだったな。
サガンの18から死の目前までを演じきり、その身のこなしで年齢や体調が一瞬でこちらに伝わる。メイクや服装以上に。

作品中で、繰り返され、サガンを表す記号のように感じた仕草が二つ。
賭け事をしながら、書き物をしながら、団欒しながら…常に片手には煙草、煙を傾ける仕草。
そして、答えに窮した時や相手の本意を伺う時に後ろ髪をなでつけるように、触る仕草。

実際のサガンもそうだったのかな?
実在した人物にまつわるエピソードを、作品に仕上げてしまえば、そこにあらわれる「本人」は、もはや実像ではありえないけれど。


FACTORY GIRLが観たくなった。

抜けられないおままごとをしてる

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会社のドア、磨りガラスに見えるようなカッティングシートがはってある部分

四時から五時頃、夕日がさしこんで金色に発光していた


金色の中、不意に、ドアの向こう通り過ぎるひとのシルエットが浮かび上がり
あまりにその形が綺麗だったから、しばらくドアを開けられなくてぼうっとみていたよ。




今日は、荒川良々主演の「全然大丈夫」を観た。
強烈な変わり者だらけ!
しかし皆じぶんを客観視することなく、自身を保つ力をもっている
社会からはみでていても、はみでたその場所に淡々と居るかんじ


すごくすごくお気に入りになった場面があるよ。

木の上の良々が、下で生意気ゆったぼっちゃん頭の少年にむかって
おっきくふくらませた風船ガムの○を吹き出すの
もうそれは風船ガムとは思えないような○を

そしたら次のカットでは、地面にうつぶせになった少年が巨大な○の下敷きになってるの!背景は澄んだ青空。

爆笑したよ。あの場面印刷して壁にはりたい!

その場面をここに貼付けたいなー明日早く帰れたら、貼付けよう。
(と思ったけれど、貼り付けられないままツタヤへ返却してしまった)


(この映画を観たら食べたくなるもの)

ちくわ

だから夜中に観るのは危険です。

(行きたくなる場所)

古本屋

実家の近くの立ち読みしにいってた古本屋さんの匂いをおもいだしてしまったよ。

" 遠回りして"道を渡ることにした

土曜日
夕方までずっと家の中
掃除や洗濯を終わらせて(BGM テイ・トウワと風味堂)
マイ・ブルーベリー・ナイツを見る。

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(yahoo!映画より)

光の綺麗な映画だった。
雨の日に見るにふさわしい映画。

物語が始まるカフェや主人公がいっとき働く夜のバー,,,
どの場面でも、登場人物の背景にある様々な色が、ほのかに光り、混ざり合う。

とっくみあいのシーンでも、吐き捨てるような台詞のあるシーンでも、
彼等をとりまく光があたたかいから、言動に込められた棘は寂しさを帯びる。

映画を観た後、題名から想像できる通り
ブルーベリータルトが食べたくなるよ。バニラアイスをたっぷりと添えて。

それから、もうひとつ、気になったアイテム,,,
でもこれは、物語の大切な部分だから書かないでおこう。

最近みた映画。

感想メモ。

*across the universe
わたしにとって、ビートルズの曲は、
これまでクラシックのような位置づけだった。
歌詞のひとつひとつを紐解く前に、
いつのまにか耳の奥に住み着いている音楽。

(更にいえば、彼等の生み出した音楽よりも、むしろジョン・レノンとオノ・ヨーコの関係性のほうに、意識が向いていた。)

けれどこの映画を観て、歌詞の内包する物語性に気付いたので、改めて聞き直したいな。 
 
映画自体の感想。

ビートルズの歌が突出してしまい、映画としての物語統一性には欠けているのかな?と思う部分もあったけれど、
歌詞世界を生かしつつ、映画の物語も積み重ねられていた。
 
特に、ベトナム戦争の徴兵検査のシーンで流れる「I want you」には身震い。
自由の女神像を担ぎながら、若者達が「she’s so heavy」と歌う箇所!
(パンフレットで、どなたか言及されていた気がする)

そのパラレルな歌詞世界に身震いした。
 
後半になるにつれ、サイケデリックな演出が増えてくるのだけれど、あれは時代の渦巻きを反映しているのかな?
 
let it be のゴスペル・アレンジには思わず涙。これをもう一度聞きたいから、サントラを買う予定。



*パンダフルライフ

こぱんだー!!パンダハート

地面の上を猛突進していたと思えば、
突然、何の脈絡もなく、ころがりはじめる。
まぁるくなって、ころころころがるの。だるま。
 
パンダは、しかし、熊であった。

大人年齢になったパンダたちは、座っていると、
もふもふして、ふとっちょさんに見えるけれど
立ち上がると、思いの外、胴が長い。

ストレスで、大声で鳴きながら、檻をのぼっていくパンダは、熊だった。
 
菅野さんの柔らかいナレーションが緩衝剤にはなっていたけれど、
この映画、人間の近代的ご都合主義によって、「繁殖」を第一義に生きているパンダたちの実態を教えてくれます。

たしかに「繁殖」は動物の本能であるけれど・・・
そのプロセスは非本能的だった。

見終わったあと、「かわいかったねー☆」では終わらない映画だけれど
(ポニョみたい。ポニョの熱烈アピールは、怖かったなあ…波の上を走るポニョに友達と身を寄せ合っておののいたよ。
サバイバル能力の高い町設定でよかった。)

ゴザの上に人間に運び出されて、日光浴する
(ほとんど眠っている。たれぱんだ化。)
赤ちゃんぱんだには、たまらない平穏さを感じました。

ちいさなwhy

雲ヤーチャイカ雲を先日観たの、
写真で紡がれてゆく物語。
覚和歌子さんのナレーションが静かに添えられて。

スクリーンから得られる情報量が少ないため、観客は思い思いに想像力を伸ばしていける。
ひとによって、受信できる物語が異なるような、ふところの広い作品だった。


---


#ヤーチャイカ
わたしは、かもめ#


この映画を観てから、
なかなか眠りにつけないときは
ヤーチャイカ と口のなかでいってみるようになった
青くたっぷりと広がる海の上を、悠々と風をきって進むカモメをイメージして。
瞼の裏 真っ暗な世界の中で、わたしは心で青を見る。


映画の本筋にとって、「ヤーチャイカ」というキーワードは、”暗号”にすぎない。
その”暗号”とは別に、もっと大きな、登場人物がまきこまれている生の渦巻きが、映画の中では描かれている。


ひとりのおとこ と おんな の生が交錯してゆく
消失と再生が繰り返される

その頭上で、変わらず広がる星空。



生の渦巻きと折り合いをつけながら、一呼吸おきたい時に、
”暗号”がひとの心を自由にする。
その”暗号”が、誰かと共有できるものであれば、もっと嬉しい。


言葉の裏に広がる想像力。
「ヤーチャイカ」という言葉は、
かつてロシアの宇宙飛行士が使っていたときには、たんなるコールサインだったかもしれないけれど
こうして、ひとつの物語と混じり合うことで、深みを増す。



言葉の不思議を操る詩人たちに感謝。

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